熱しやすく冷めやすい
魚の骨が喉に刺さったら、ご飯を丸呑みするのが昔から知られている解決方法である。
子供が学校の給食で鰯を食べた際に、骨が喉に刺さり取れずにいると訴えてきた。当然、ご飯登場である。ご飯のかたまりを味わうことなくただ呑み込む。しかし何度やっても骨は抜けることなくご飯は虚しく胃に落ちていく。ご飯をだいぶ呑んだ。普段食べる茶碗一杯のご飯の量を優に超えた。はたまた胃の中をおかずで埋めるであろうスペースもご飯で埋まったのだろう。ご飯はもう無理だと言うので水に切り替えた。これが失敗だった。胃の中のご飯が膨れただけだった。ひとまず一晩放っておくことにした。気づいたらすっかり取れているかもしれないという淡い期待を胸に迎えた翌朝。
「ちくちくする。」
面倒な事になった。【魚の骨 喉】で検索だ。するとこうだ。
「ご飯などをそのまま呑み込むと骨が深く突き刺さってしまうことがあるため、やめた方がいい」
「耳鼻咽喉科にて受診を」
散々ご飯の丸呑みをして迎えた翌日は休日。この状況は今で言うところの「詰んだ」である。だからといってこのまま放っておくのも剣呑である。どうにかならないものかと検索を続けるとこんなことが書いてあった。
ピンセットで取る
「刺さった位置が浅く、魚の骨がよく見えていて家族など別の人が取ってくれるという条件が重なっているなら云々かんぬん、、、ただし自己責任で」
これしかない。子供の頭を膝の上に乗せ口の中を覗くと、あった。見える。条件は揃っている。ピンセットをよく洗い、熱湯消毒ののち、うがい薬(イソジン)で更に消毒。喉にピンセットの先端が触れぬよう慎重に進めた。骨をそっとつまむと、つるりと抜けた。脳に衝撃が走った。強い爽快感を得た。どこかにもう一本刺さっていないだろうか。骨が抜けた瞬間が忘れられず、場面の脳内再生を繰り返した。これは中毒性をはらむ禁じ手だったのだ。自己責任とは、中毒になっても責任は負えないので悪しからず、そう言うことだったのかもしれない。動画に残しておくべきであった。SNSに投稿すればたちまちバスったに違いない。そんなことも考えながらつまみ出した骨を光にかざし、色々な角度から眺める。薄くて細い、ぴかりと光るその骨はもはや特別なものとなった。まるで皿の底で小さく光る砂金を一粒手にしたときのようだ-砂金採りをしたことはないが、多分そんな感じだろう-
こうして無事決着した魚の骨騒動は幕を閉じ、子供も何事も無かったかのようにその日の残りを過ごした。特別扱いをした骨もすっかり飽きてゴミ箱へ捨てた。