その影響力

 この夏、新宿区立漱石山房記念館へ行ってきた。記念館の詳しいことはホームページや実際にここを訪れた人がブログやSNS等で紹介されているので割愛するとして、兎に角お勧めの場所だと思う。読書もさして得意でもないのに、すっかり明治の文豪にかぶれ切った一日を過ごした。例えて言うならば、2週間ほど海外にホームステイしただけなのにネイティブ級の振る舞いをしてしまう、そんなかぶれ具合である。そこからしばらく症状は続いた。吾輩は文豪気分である。作品はまだない。

 事前情報によると、館内見学に要する時間は三十分から一時間と紹介されているものもあったが、そこにある資料、情報は何一つ通り過ぎることのできない関心を引くものばかりで、実際六時間も滞在してしまった。が、しかしこの六時間、毫も疲労することはなかった。途中、併設されているカフェで休憩を挟んだりもしたのだが、そこでは空也もなかを食べた。「吾輩は猫である」に登場する空也餅で知られる和菓子屋のもなかである。休憩中も漱石を噛みしめる。目を細め、遠くの空を見つめ、心のうちで文学的っぽい言葉を二言、三言つぶやき、明治の文豪に思い巡らす。絶賛かぶれ中である。また、ミュージアムショップは誘惑たっぷりの愉快な場所であった。値段も非常に安く、欲しいと思ったものを全て買っても財布の痛手となることはなかった。因みに、この記念館は入館料無料で導入展示部分は誰でも見ることができる。有料でさらに展示室を見ることができるのだが、この有料とは、たったの三百円である。どこまでも安い。必竟誰でも全てを楽しむことができる親切な記念館である。漱石山房再現展示室は必見である。まるで彼の書斎にお邪魔したかのような感覚を味わえた。そうして館内をいつまでもうろうろし、一度見た場所へ戻り、行ったり来たり。若干長めの滞在だったせいか、遂には館内の職員の方がこちらの存在を認識されたようで、リーフレットやチラシ(無料)など、わざわざ近寄ってきて手渡してくれた。

「よろしかったら、こちらをどうぞ。」

嬉しかった。漱石サイドから認められたような勘違いが始まった。気分が上がった。しかし、あとになってふと気になってきた。はて、長居をしたせいか、あれはもしや京都でいうところの「ぶぶ漬けでもどうどす」だったのかしらん。いや、まさか。あの人はそんなつもりじゃない。知らない人だけれども。善意に極まっている。館内の職員の方々含め、素敵な記念館なのだ。

 夏目漱石の作品を読んでから訪れればより漱石と作品を深く知ることができ、作品を知らずして訪れても、その後きっと一冊を手に取ってみたくなるであろう場所である。漱石好きも、そうでない人も是非一度、訪問される事ここに提案致し御座候。

新宿区立漱石山房記念館 (soseki-museum.jp)